2015年7月28日火曜日

豊かな人生とは





ある所で行なった短いスピーチの原稿です。


 豊かさとは何でしょうか。

 たとえば、高級なフルコース料理を食べることとか、高価な宝石を身につけることとか、豪華なホテルに滞在することとかが豊かさだと考えている人は少なくないでしょう。

 それはそれで、確かに豊かであるには違いありません。しかし、気に食わない奴とフルコース料理を食べるよりは、山や野原で、ひとりで、あるいは気の合う仲間と、クラッカーとかタコヤキとかをつまんでいる方が、ぼくにはずっと心地よいです。

 宝石は美しい。だが、葉末に宿る朝露の輝き、また、夜空にちりばめられた星たちの輝きは、宝石のそれよりもはるかに美しいと思います。

 サービスの行きとどいた立派なホテルでくつろぐのは、文句なく快適です。でも、山でテントをおったて、その中に転がりこんで、キャンドルの炎を見つめながら風が木々と戯れる声に耳を傾けるのは、それに負けず劣らず快適なことです。

 高価な物を所有することや高級な料理を食べることなどが豊かさであるとは、ぼくには思えません。

 今、享受できるものを、感謝の気持ちを持って味わうことこそが、真の豊かさではないでしょうか。つまり、豊かさとは、物や状況にではなく、心にこそ宿るものなのです。

 常に満ち足りることなく、ないものねだりばかりしている人は、どれだけ多くの物を所有しても、決して豊かな人生は送れないでしょう。

 人は皆、この多様性に満ちた世界で、無限に多くの美や快感を享受することができます。自分は既に豊かであると知ることにより、人生は豊かになるのだと思います。



 ところで、現在の自分やその状況に満足しているだけで、人間として十分なのでしょうか? 否です。

 人間には、向上心が大切です。また、チャレンジ精神や未知なるものへの好奇心も重要です。それらのおかげで(さまざまな弊害はあるにせよ)人間は、現在の高度な文化・文明を築き上げることができたのです。

 登山なり、マラソンなり、楽器や絵画なり、何かにチャレンジして、何かを成し遂げた時、または全力を出し切った時に感じる達成感や充実感は、自然の美に感動するのと同じくらいすばらしい。これもまた、人生を豊かにしてくれるものです。

 自然の中では、たとえば、プラスとマイナス、物質と反物質などのように、相反するものが対をなし、互いに作用しながらひとつの物を形作っています。人間もまた同様です。ひとりの人間の中にも、まったく違った価値観が存在し、それが作用しあい、また補い合って、選択肢を広げ、人間をよりよい方向に導こうとしているのです。

 現在を深く味わう心の平和と、困難に立ち向かう冒険心、その両方を併せ持ち、両者をうまく統合できる人こそが、完璧に豊かな人生を構築できるのだとぼくは思います。