2008年4月10日木曜日
山行記録: 走れ! レージー
またもや古い記録で申し訳ないのですが…
走れ! レージー
《北海道 自転車と登山の旅 》
1995年6月11日(日)
仕事終了後、職場から自転車で大阪駅へ。舞鶴行きのバスに乗り込む。自転車もバスに積み込んで。
今回の旅のために、奮発して折りたたみ自転車を購入したのだ。16インチ、約10Kg。折りたたみ、組立とも1分以内に完了でき、キャリングケースは大きなザック程度のサイズである。名前までつけた。「レージー・ギルタナー」号。二十数年前に読んだヘッセの小説に出てくるこの名の少女に関する物語は、ぼく自身の初恋のあるエピソードと重なりあっていて、忘れがたいものとなっている。…まあ、そんなことはどうでもいいが。
舞鶴でバスを降り(20:00頃)、自転車を組み立て、新日本海フェリーの乗り場へ。乗船手続後、港を散策。そして乗船。「ニューすずらん」。2等船室だが、人は少なく、のんびりできる。窓際をキープ。海と空を眺めることができ、心地よい。
出港(23:00)までのんびり湯につかる。この航路の最ポンコツ船だが(それでも14385トン)、フロからの眺めはいい(最上部にあり海側がガラス張り)。その後久しぶりにビールをたしなみ、就寝。
6月12日(月)
8:00起床。レストランで朝食。午前中読書。レストランで昼食。ゆっくり入浴。そしてうたた寝。
昼寝から覚めると、太陽が海に銀色の道を投げかける時間となっていた。急いで夕食を摂り、デッキで日没を眺める。すばらしい光景だった。あの美しさを描写する文章力を持ち合わせていないのは残念である。ともかく最高の気分だった。おまけに、残照の空から目をめぐらすと、満月が、これも銀の道を海に投げかけていた。
夜更けの、月光に照らされた海も、神秘的なまったく別世界のようなたたずまいで、すばらしかった。これらの光景を眺めたことだけが今回の旅の成果だとしても、充分来たかいがあったというもの。
6月13日(火)
4:00、船は小樽港に入港した。フェリーターミナルビル4階の、東側が全面ガラス張りのカフェーで、小樽湾の向こうから昇りくる朝日を眺めながら朝食を摂る。またもや、これだけでも来たかいがあったと思いながら。
小樽から、いよいよ旅の本番が始まった。てきぱきと自転車を組み立てると、ザックを縛りつけ、恨めしそうな顔で眺めているタクシーの運転手を尻目に、さっそうと北海道の大地を走り出した。
しばらくは海を左手に見ながら走る。そして海に別れを告げ、定山渓温泉へ向かう道へと入って行く。ほどなく市街地をはずれ、山道にさしかかった。そこでぼくを迎えてくれたのは、この地特有のクリアーな大気と陽光、そして、その中で輝くみずみずしい生命感にあふれた木々や草たちだった。
空は何とさわやかに澄みわたっていることか! 風はどんなに優しく頬をなでてゆくことか! 鳥たちがいかに楽しげにさえずることか! 自然は圧倒的な魅力でもってぼくの内面を喜びで満たした。このひとときに、憂いや暗い思いを抱くことは極度に困難であった。
しかし、いかに心が軽やかになったとて、物理法則がその故にぼくを見逃してくれるというわけではない。地球の質量はアインシュタインの方程式通りの空間の歪みを生じさせ、その歪みの最短距離からかなりはずれたルートをたどっているぼくは、宇宙エントロピーの増大に相当貢献させられた。
…要するに、朝里峠への登りは結構きつかった(変速器なしのミニ自転車にはなおさらに)。で、初めのうちかなりがんばったのだが、ついに力つき、大地に足をつけての押し歩きとなった。
歩けば長い道のり…。だが、登りっぱなしの道はまずない(人生においてもそうであるように)。峠を越えれば長い快適なダウンヒルが待っていた。ぼくの愛車レージー・ギルタナー号は、登りにはやや弱点があるものの、平地では徒歩にはるかに勝るし、下りにおいては圧倒的な力を発揮する。一気に定山渓ダムまで下り、ここで2度目の朝食に、小樽のコンビニで仕入れたパンとミルクを摂った。
ダムより、白井川沿いの道を上流へ向かう。白井二股のバス停が余市岳(1488m)への登山口になっている。ここから未舗装の林道が徒歩1時間半行程続いている。当然レージー号を押し登る。帰りが楽だ。
白井小屋はもう地図上にしか存在していないようだ。ここから山道となるので、レージーちゃんを待たせておいて、ひとりで山頂を目指すこととなった。身仕度は最高のペースで行なわれた。少しでもじっとしていると、無数のブユや蚊で、黒山の虫だかりとなってしまうからだ。
道はところどころひどいぬかるみだ(そこにミズバショウがきれいに咲いていた)。歩き始めて間なしにひとりの登山者とすれ違ったが(今回の旅で出会った唯一の登山者だった)、この人は途中ササがひどく茂っているのに閉口して引き返して来たといった。確かに、このルートは今シーズンまったく手入れされていないようで、間もなく、ササが伸びたい放題で道におおいかぶさってきた。ペースは落ち、大汗まみれ、ほこりまみれとなる。
やがてもうひとつの困難が出現した。雪だ。さすがは北海道。この時期、1000mくらいの高度でもかなり豊富な残雪がある。雪そのものはどうってことはないのだが、数十mにわたって雪上を通過する箇所が相当あり、ルートを再発見するのが非常に難しい。何せ、ササがのさばりたおして上陸地点を隠しているので。
非常に神経を使いつつトレースしていったが、とうとうルートを見失ってしまった。地形等から行くべき方向は分かっているので、なるべく雪上を歩き、猛烈なササのジャングルとの格闘を最小限にするようにしながら山頂を目指し続け、しばらく行くうちに、またルートに復帰することができた。
朝里岳とのコルにザックをデポし、山頂までピストンすることにした。樹林帯ではないので、熊に持って行かれることはないだろうと思って。
コルから山頂までの道はきれいにササを刈って整備されていた。まさに刈りたてのほやほやだった。山頂ちょい手前でエンジンカッターを抱え、ササをなぎ倒している3人のおじさんに追いついたのだから。
余市岳山頂からは羊蹄山(蝦夷富士)がきれいに眺められた。
コルまで戻ると、ザックはちゃんとあったが、巻いてザックの上に縛りつけてあったウレタンマットに手のひら大の穴があいており、まわりにマットの細かい屑が散乱していた。いたずら鳥の仕業だろう。
下山時も、登りにルートを失った地点まで、雪によるルート隠しに悩まされた。
レージー・デポまで戻り、また超特急でザックを縛りつけ、虫どもを振り切って下りにかかる。バス停まで戻るともう薄暗くなりかけていた。ここでテントを張ることもチラと考えたが、自転車をとめ、数秒も考えないうちに不可能なプランだということが判明した。まだここは虫どもの勢力範囲だったのだ。それに、体中汗でベタベタ、手足はまっ黒に汚れ、靴は泥まみれというありさまなので、ともかく風呂に入りたかった。で、定山渓温泉目指してペダルを踏み出した。
かなり夕闇が濃くなってきたころ、定山渓温泉に到着。とりあえずテントを張ろうと豊平峡ダム近くのキャンプ場に向かう。ところが、このキャンプ場は閉鎖されていた! このころには、もうすっかり暗くなっていた。これからキャンプ地を捜してうろうろする元気はもう残っていなかった。何せ、早朝からここに到着した20:00までほとんど動きっぱなしだったので。
そこで、キャンプ場から少し戻った所に1軒ぽつんと建っている豊平峡温泉で宿泊もできるか尋ねてみたところ、本当は宿泊施設ではないのだけれど泊めてあげるといわれた。ラッキー!
宿に、余市岳で採って来た5、6本のウドを寄付したところ、1本を酢みそ和えにして1杯のワインを添えて出してくれた。どちらも美味であった。
食事のあと、広々とした天然温泉の露天風呂で、月を眺め、涼やかな風に吹かれながら1日の疲れと汗と汚れを流し、くつろいだ。
6月14日(水)
朝食後、また露天風呂でくつろぐ。朝の陽光をたっぷりと浴び、目に沁みるばかりのさわやかな緑に囲まれての入浴は、これまた、これだけでも来た値打があったと思わせるものであった。
親切にしてくれた宿の人たちに別れを告げ、再びレージーと共に走り出す。登頂を予定していた無意根岳、定山渓天狗岳は今回パスすることとして、ルート230を札幌方面に少し走る。そして道を南へ取り、少々登ると札幌岳(1293m)の登山口である(12:00着)。ここも登山口からかなりの間林道となっており、またとことんレージーに付き合ってもらう。
林道終点での身仕度は、またもや虫どもと格闘しながらだ。山道はほとんど急登の連続。宿で、近年このあたりも熊が増えていて、しかもこの時期凶暴になっているので気をつけるようにと脅かされていたので、なるべく騒々しく登るように心掛けた。途中、ネマガリタケのタケノコを摘み、噛りながら歩く。生でも結構いける。
山頂からはまた羊蹄山が際立った威容を見せていた。頂上付近にはまだ山桜が、蕾さえ持って咲き匂っていた。この山には雪は見られなかった。時間と気分の都合で空沼岳はパス。
登山道をまた騒々しく下り、林道を走り下り、登山口に16:00帰着。それから支笏湖目指して発進した。
ルート230に戻り、さらに札幌方面へと進み、真駒内あたりから南下を始める。南下ということばとは裏腹に、道はほとんど登りばかりとなる。かなりへたばってきている足には少しの登りもこたえる。歩け歩けが多くなり、ペースは極度に落っこちる。時間ばかりがどんどん進み、この日の幕場にと考えていた支笏湖畔のポロピナイキャンプ場は、薄暗くなってきてもまだ射程距離に入ってこなかった。おまけに、このころから空には徐々に雲が広がり始めてきた。
そういう状況でマルマナイ川にかかる山水橋上から、よいテントサイトとなる平地を発見した時には、もう先へと進む気力は失せはててしまった。道路からなるべく離れ、テントをおっ立てる。近くに人間はおらず、虫も少なく、水もたっぷり手に入る、静かでよい幕場だった。気になるのは「熊に注意」の看板だけだった。
ラーメン、この日コンビニで仕入れたパンとおにぎり等で夕食を摂った後、ペパーミントティーを楽しみ、早々に就寝。風のたてる物音に、クマ公かな…、と思ってちょっとドキドキしたりしたが、疲れていたのでよく眠れた。
6月15日(木)
6:00ごろ、テントを叩く雨音で目を覚ます。北海道には梅雨がないが、だから雨が降らないというわけではない。雨は断続的に、一時かなり激しくテントを叩きつけた。とりあえずシュラフの中にいることにした。
しばらくすると、降りは安定したキリションとなった。しばし迷った後、出発を決意。荷をまとめ、テントをたたむ。雨中の撤収はいつだってあまり快適なものではない。
10:00ごろ出発。まずは押し歩きの続き。やがて峠を越えるとレージー号威力発揮のダウンヒル。そして支笏湖に到着。このころには雨はほぼあがったが、雲はなお低く垂れこめ、恵庭岳を始め湖畔の山々は雲の裳をからげ、下半身のみをあらわにしている。支笏湖も灰色の平板的無表情の中にある。
主要目的山のひとつの恵庭岳も、展望のすばらしさが売り物なのに、無視界登山ではちっともおもしろくなさそう。それに湖の一帯はいかにも観光地然としていて、ポロピナイキャンプ場もオートキャンプ場みたいで、ここで泊まろうという気になれない。…と消極的な考えになってしまうのは疲れのせいもあるのだろうが、今回もう充分多くのものを享受して、これ以上は消化不良になりそう、という気分もあったのだ。人は満ち足りるためには世間一般に思われているほど多くのものを必要としていないのだ。
結論として、この日の船でとっとと帰ることにした。で、とりあえずは千歳に向け、湖畔をのんびりと走って行った。
支笏湖に別れを告げるとほどなく、またもや気分をウキウキさせるものが待っていた。千歳市街まで延々20Km以上続く原生林である。その中を道はほぼまっすぐに伸び、しかもずっと緩やかな下りなのだ! おまけに自転車専用道が、ほとんどの区間車道から少し離れた所に設置されている。雲が切れ、薄日に輝く原生林の中を軽やかに走るのは爽快の極みだった。
まだこれが最後ではなかった。今回、北海道で出会った最も魅力的な光景のひとつが間もなく目の前に現れた。千歳川だ。さほど大きな川ではない。その川幅は、最も広い所でも小学生が楽に対岸に小石を投げることができるほどでしかない。だが、その水の清冽さはどうだ! 滔々と流れる水量の豊かさはどうだ! 踊り流れる水面の楽しげで変化に富んだ表情と生命感はどうだ! そして、原生林の岸辺の美しさはどうだ! ウンディーネが日本に移住するならば、おそらくこの川を住み処に選ぶだろうと思われた。
千歳までの最後の数キロ、自転車道は千歳川に沿い、たっぷりとぼくの心を洗い清めてくれた。
だが、いよいよ市街地に入ると、自然の川岸は消え、コンクリート護岸となる。すると突然、川は表情を失う。水面は語りかけることをやめ、流れにはもはや生命感は微塵も感じられない。ここで川は死んだのだ。市街地を無表情にただ流れゆくこの川も、人間が殺した数多のもののひとつなのだ。
千歳駅で自転車をたたみ、JR(15:40発「快速エアポート」)に乗り込む。南小樽で下車。またレージーちゃんでフェリー乗り場へ。22:00発の新潟経由敦賀行き「ニューゆうかり」2等船室をキープ。そして、フェリーターミナルビル5階の小樽温泉へ。小樽湾の展望を楽しみつつ、湯につかったりサウナに入ったり。
たっぷり腹がへり、喉も渇いたところで、レージーで寿司屋街へと繰り出した。そして生ビール2杯と寿司をしこたま詰め込む。
程よい時間にフェリー乗り場に帰着。まもなく乗船。往路と同タイプの船。往復でこの航路の2大ポンコツ船を制覇だ。次は「らべんだあ」に乗るぞ!
また窓際をキープ。この日は船の風呂はパスして早々に夢の中へ。
6月16日(金)
船中でのんびりとすごし、疲れを癒す。
16日の夕暮に新潟に着岸。暗くなったころに出港。新潟と佐渡ケ島の灯、そして多くの漁火を楽しむ。帰りはずっと曇天。時折雨。梅雨のある国に戻ってきた。
6月17日(土)
8:30敦賀着。自転車で敦賀駅に向かう。曇っているが、雨は降りそうもない。で、駅に着くまでに気が変わった。琵琶湖まで走ろう! 時間はまだたっぷりある。船でゆっくり休養して、元気も充分だ。
まもなく青空が見えだし、いい天気になってきた。お天気坊やの面目躍如というところ。しかし暑い。えっちらおっちら登ってゆく。北海道はほとんどの幹線に自転車用レーンが完備されていて、安全かつ快適に走ることができたが、こちらはその点不備である。自動車に神経を使う。が、木々は北海道に負けないくらいクリアーな大気と陽光の中で輝いている。
峠を越え、快適なダウンヒルの途中に、青く澄んだ琵琶湖が見えてきた。国道を離れ、なるべく岸辺に近い道をのんびり走る。今年は去年とうって変わって水量豊富なので、その分水質もいいようだ。水辺で昼食を摂り、なおも湖畔を快走する。今回はとことんウキウキ気分に恵まれた。
やがて国道を走らざるをえなくなり、自動車の多さに閉口するようになったので、JR「北小松」駅で自転車をたたみ、JRに乗り込んで今回の旅を締めくくった。
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